社山城へツーリング
2024年4月6日
社山城へツーリングに行ってきました。
googlemap が入り口とする場所とやや違う場所に入り口がありすこし焦りましたが入り口を発見できました。
磐田原台地の北端から派生した山稜に存在する平山城。築年上は不明とのこと。
16世紀には斯波氏と今川氏の争いの結果今川氏の支配となった。
しかし桶狭間の戦いで今川氏の勢力が弱まると徳川氏の支配と移ったが元亀3年の武田氏の遠州侵攻で再び争いの場となったとされる。
特徴としては本曲輪の周りにある横堀と二の曲輪と本曲輪境の2重堀切がある。





鶴ヶ城へツーリング
2024年3月31日
鶴ヶ城へツーリングに行ってきました。
鶴ヶ城は静岡県西部のライダーなら知名度抜群の道の駅くんま水車の里前の県道9号線を愛知方面に走る道なのでよくとおってたのですがこんなところにお城の跡があるとは知らなかったです。愛知県と静岡県の県境で飯田線がすぐ隣を走ってるところです。
山頂の周りに土塁で囲まれた本曲輪を中心に尾根続きに曲輪が配置された城で最大の特徴は本曲輪周りの横堀である。このことから武田勝頼の手が入った城だといえるらしい。
城の歴史を伝える資料はないが信州と三河をつなぐ街道に近いことから監視場として使われたのではないかと思う。







大平城へツーリング
2024年3月28日
変化にとんだ地形を利用し浜名湖北道を監視した山城である大平城にいってまいりました。
いったもののかなり自然に戻りつつある状態で独りでは怖いと判断。探索せず帰りました。
歴史としては三岳城の支城のひとつとして築かれた城。井伊氏は本状を三嶽城とし、南を浜松市の鴨江城、西を先日訪問した千頭峯城、東を大平城を支城とした。井伊氏は南朝の後醍醐天皇の皇子の宗良親王を迎え、遠江の南朝勢力の中心となった。大平城の南朝軍と、足利尊氏の命を受けた高帥泰率いる北朝軍の攻防戦は暦応2年(延元4年・1339年)から翌3年(興国元年・1340年)にかけて繰り広げられ、大平城は落城した。


本当はまだまだ城の痕跡はあるようですが草がボーボーで進めませんでした。






















